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前項の続きとも言えますが、僕の言う葬儀費用とは布施も含めた
ものです。 葬儀の時に掛る費用は、他に「入院費残」や雑費も
馬鹿になりません。 また故人の不動産名義の変更時には土地の
評価額の1000分の4が登録免許税として掛りますし、司法書士
依頼なら最低でも5万円、通常は10万円近い費用が掛るのが
普通です。35日や49日法要では布施、料理、返礼品、生花等
の費用が掛りますが、法事法要で黒字になる事はまずありません。
さらに新盆、春と秋の彼岸と続き、あっという間に1年忌、翌年は
3年忌です。 葬儀での無理は先々にまで生活を圧迫するので
絶対に無理をしてはいけません。 突然の不幸に依頼葬儀社が
偶然にも 本当に良心的なら切り抜けられる可能性もありますが
偶然を期待しても仕方ありません。 そこで、事前に納得できるまで
相談をするのです。 ここで注意して欲しいのは、友人知人だとか
親戚の言う 「葬儀屋の知り合いが居るから言ってやるよ」は当てに
ならないってことです。 自分自身で事前に納得の行くまで相談し、
出来れば、葬儀後の費用まで全てを試算した上で葬儀の内容、
費用は決めるべきでしょう。
5、高額な布施、寄付を請求する菩提寺なら離れる
あんしんサポートでも、他の葬儀社でも、葬家の家族目線で、どう
したら家族の負担を抑え質の高い葬儀ができるかと努力し、完成し
ても、宗教者への謝礼が高額で結局高い葬儀になる訳です。
時々、お寺は仕方ないと言う人もいますが、低料金で高品質な
葬儀をしようと思っている葬儀社は馬鹿らしくなって来て当然です。
葬家の生活に無理の無い範囲で満足して貰える葬儀施行をする
為に、あらゆる面で企業努力をしているのは明らかだからです。
それがほんの2時間ほどで40万、50万、時には100万円の布施、
どう考えても理解不能です。 檀家制度も良く理解できませんが、
心の支えとなり、地域の人達がともに結束をし、助け合い困った時
には相談もできる。住 民の誰もが一目おく存在としての檀家と言
われるなら、それは一理あるし、そんな存在の生活を地域住民が
支えるというなら、分らない話しではない。が、全てがそんな寺であり
住職だろうか? もっと具体的に言えば、両親が共働きの子供達
なら親が帰るまで預かり勉強も教える。夏休みなどは本堂を開放し
座禅や写経やラジオ体操等実施し、規律や掃除や奉仕の心をも
学ばせる。 夫婦喧嘩や離婚話の出た夫婦が住職の所へ行き
引きこもりの子供達にも正面からぶつかってくれる。そんな人が住職
として居て、葬儀での布施が30万円だ 40万円だと地域住民が
決めるなら それはそれで良いと思う。 しかし普段何もせず、寺の
言うお付き合いとは、寺がお金を貰う行事であったり、無償で掃除
したり寺の利益が最優先されているだけで 日ごろ何もしないのに
付き合いが、、、というのは理解も納得も出来ない、寺にベッタリの
役員達だけで決めて本堂を直すから50万円の寄付です。
お宅は院号付戒名なので100万円です。 僕には到底理解は
出来ないが、こんな実態が増えているから 檀家離れが進んでいる
訳で、納得できなきゃ檀家が離れるのは寺も覚悟のはずである。
あんしんサポートが第一に考えるのは「家族の生活」であり、それを
無くす、或いは奪うような事柄は、拒否をする、、誰が聞いても当然
でしょうし 当たり前の事を言っているだけなのです。 ・・・つづく
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葬儀の仕事でよく耳にする「供養」とは何でしょう。
豪華で盛大に葬儀をする事ですか?
それとも立派なお墓を建てる事ですか? 供養の対象は、今はこの
世に居ない自分の先祖で、祖父母や父母、兄弟姉妹などですね。
仮に母親だとして、母親は何をすれば悲しまず喜んでくれるのかを
考えれば良いのです。 あの世がどんな所か、あるのか無いのか、
人は無の世界から生まれ無に帰るのか、或いは輪廻転生するのか
僕には分りませんし、それを経験したのを実証できる人も居ません。
そこで生きている人と同じと考えるのが、誰でも理解のし易い無理の
無い考え方に思えます。 では、生きている人が、辛く、寂しいのは
どんな状況にいる時でしょうか? 病気の時、お金が無い時など、
様々な状況は考えられますが、亡くなられた人にとっては、病気も
お金も無関係です。 色々考えるとひとつあります。 それは「世間
から忘れ去られた存在になった時」です。 人が行き交う世の中で、
誰一人として自分の存在に気づかぬ毎日だったら、それがずっと
続いたら、人の温もりに触れる事の無い忘れ去られた存在、それが
自分だったら相当辛いと思えます。 これを葬儀や墓に置き換えて
みると、どんなに豪華で盛大に葬儀をしても たった数時間であり、
数日の事です。 また立派なお墓を建てたとしても、誰も訪れない
墓だったならばどうでしょうか? だから、こんな風に思います。
最高の供養とは、故人を忘れないこと! 毎日とは言いません。
時々で良いから、何かある度に思い出すこと。 叱られた思い出、
褒めて貰った思い出、喧嘩をしたり、笑ったり、どこかに出掛けた
思い出だってあるでしょう。 あなたの中に大切な人の思い出がある
限り、最高の供養が続いてる。 あんしんサポートでは、そう考えて
います。 あなたはどんな風に考えますか?
3、葬儀は大事かもしれないが残された家族の生活はもっと大事
葬儀社は故人の供養、供養と言いながら高額葬儀にしてきますが
商売だし、会社はもっと売り上げを、、と言うのですから、企業である
以上、当然と言えば当然なのです。 で、散々高くしておいて最後
に一言「ここまでしてあげれば故人も浮かばれますよ」キャンセルを
防ぐ言葉ですが、もう少し安くしたいけどどうしよう。 と下方修正を
したいと思った家族の迷いを振り払うような 人の心情を突くには
最適な言葉のひとつですね。 これを否定する気はありませんし、
その結果、家族が満足した葬儀になるなら それで良いとさえ思い
ます。 が、生活を極端に切り詰めてまで、或いはローン返済を組
んでまで行なうのは、根本的に間違っていると思えます。
我がの財布事情が許す範囲内で、日々の生活に支障の出ない
範囲で葬儀は行うべきです。 こう言い切る為には、一銭も無くても
国保さえ加入していれば、火葬できる五万円火葬の実現は必須で
した。いくら、金は掛けるな、、できる範囲でやれと言われても、その
範囲で可能な葬儀が存在しなければ何の意味も無く、ただの妄想
だからです。 たとえ今は五万円火葬しか出来ないとしても一年忌
三回忌、七回忌・・・ 永代供養と言われる三十三回忌、或いは
お盆、彼岸と後々の法要はいくらでもあるので、自分達の生活が
楽に、豊かになったら、どんな事でもしてあげれば良いのです。
間違っても葬儀後に、費用返済地獄に突入なんて事にならない
よう注意です。 生活費にまで支障をきたすと、夫婦関係や家族
関係にも、影響は出るし、兄弟姉妹が絶縁状態に入るきっかけが
葬儀、、それも良くある話なのです。
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まとめの章・もくじ(消費者編)には 次の7項目を書き出してみます。
1、葬儀に絶対の決まりは無いことを知る
2、最高の供養に費用は掛らない
3、葬儀は大事かもしれないが、残された家族の生活はもっと大事
4、葬儀費用の無理は絶対にしない
5、高額な布施、寄付を請求する菩提寺なら離れる
6、私のお墓の前で泣かないでください~♪は正しい、では墓とは、
仏壇とはなんぞや?
7、死、考えたくないのは分るが、それが高額葬儀となり、後悔となる
では最初の項目から順次その詳細の始まり、始まり~、、、
1、葬儀に絶対の決まりは無いことを知る
あんしんサポートを始める前の僕がそうであったように、葬儀という
儀式はやたら決まりが沢山あるように思っていませんか? 全てが
決まっている儀式だと思っている人達のほうが、多いかもしれません。
もっとも、信仰する宗教がある人は、それも間違いではないでしょう。
でも僕のような無信仰の人間にとっては、法律で決められた事以外
は、なにも決まりなんてありません。 衛生上の問題があるので、
火葬は前提としても、焼く以外何をしようがしまいが人様に迷惑を
掛けなきゃ問題ありません。 一般的なパターンを書きますので頭の
中で絵にして想像して進みましょう。
・病院で逝去 (死亡診断書は必要です。 癌保険加入者は、
死亡診断書に癌の文字が必要です)
・自宅に搬送 (死亡診断書か埋火葬許可証持参なら、自分の
車で運んでも問題ありません)
・ご安置 (ドライアイス・又は腐敗遅延措置は必要)
・死亡届出書 (分らない時は役所に認印を持っていけば誰でも
書けて提出できる。 火葬する役所に提出)
・宗教者 (枕経、通夜経、本葬経、初七日法要経、釜前経、
戒名、の要不要は自由)
・通夜 (宗教的な意味でなく、故人と過ごす最後の夜、何かを
するしないは自由)
・葬儀 (家族が後悔をしない弔いをすれば何をしても自由)
・遺骨 (即日納骨、49日納骨、散骨、永代供養墓、手元供養
どの選択肢でも自由)
祭壇、位牌、飾り類、など何も書きませんでしたが、無信仰者は
何の決まりもないからです。 特に親戚や友人知人が言葉で発する
「こうするものだ」的な発言は。 ある意味無責任な発言も多い
ので、本当に葬家家族を思うなら、差し控えたほうが無難でしょう。
また、葬儀社の営業が言う事の中で「一般的には、、」「普通は、」
こんな発言は無視しても良い部分です。 さらに言えば無信仰者の
僕にとっては宗教者の発言も偏っています。 「戒名を付けないと
成仏しない」や「引導を渡した」などは個人的には、問題のある
発言だと思いますが、家族がそれで安心し心安らかで過ごせるなら
と思うから何も言わないだけです。 これは仏教、神様、キリスト教
それそれで違うのをみても、無信仰者にとって決まりがないのは分り
ます。この部分で僕が皆さんに伝えたいのは、葬儀社、宗教者、
親戚、友人知人、など誰かに言われて何かをするのではなく、
故人を送る自分や家族の心や気持ちが安らかになるなら、それが
人の迷惑にならないなら、すれば良いのだと知って欲しいのです。
できるなら、自分達家族のしたい事をしてくれる葬儀社や、相談
できる人を、少し時間を掛けても作っておきたいものです。
そんな人が出来れば分ります。何が起こっても安心だという 心の
ゆとりが生まれている自分に、、、。・・・つづく
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